大阪地方裁判所 昭和43年(わ)912号 判決
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〔判決理由〕(一部無罪について)
一、被告人に対する昭和四二年一〇月一六日付起訴状の公訴事実は、「被告人は大阪市北区綿屋町一二番地株式会社エーワンベーカリーに経理部長として勤務し、同社の現金、小切手の出納、保管等経理会計全般の業務を担当していたものであるが、昭和四二年九月五日、同社が支払用として振出した額面四〇万円の小切手一通を右会社のため業務上預り保管中、同日ほしいままに自己の用途にあてるため、同市北区曾根崎中一丁目四八番地先路上において吉井薫に対し、割引依頼のため交付して横領した」というものであつて、罪名は業務上横領罪とせられていたが、検察官は昭和四四年一一月二〇日付訴因罰条変更請求書をもつて、前記公訴事実につき次のとおり訴因変更を請求した。それによれば、「被告人は昭和四二年九月五日、被告人において偽造したエーワンベーカリー代表取締役楊伝枝振出名義の金額四〇万円、振出日昭和四二年九月一一日、支払地近畿相互銀行天六支店の小切手一通を、同市北区曾根崎中一丁目四八番地先路上において、吉井薫に対し、あたかも真正に成立したもののように装つて、割引名下に交付して行使した」というのであり、罪名は偽造有価証券行使罪とされている。そして第一七回公判廷において右訴因変更は許可せられた。
二、しかしながら、当裁判所は、右両訴因は公訴事実の同一性を欠くものであつて、訴因変更は許さるべきでないものと解する。両訴因を吟味してみるに、いずれも犯行の日時は昭和四二年九月五日であり、業務上横領した小切手と偽造行使した小切手は同じ物件であり、各犯行の場所は同一であり、また横領の意思の発現したとみるべき小切手の交付の相手方と、偽造小切手の行使先は共に同じ者である。以上の諸点において事実関係に共通するもののあることは否めないけれども、業務上横領の小切手は特別の事情のない限り真正に振出された小切手であることを前提とするところ、偽造行使した小切手は被告人の偽造した小切手であることはいうまでもないから、両訴因にいう小切手は共に偽造されたものかもしくはこれに準じた小切手であることを共通にしている(例えば偽造行使罪と背任罪の間にはこのことが考えられる)わけではなく、また業務上横領においては右小切手を不法に領得するものであるのに対し、偽造行使においてはかかる領得をするものではないのである(尤も偽造行使を手段とする詐欺についてはかかる領得が考えられるが、この場合でも業務上横領の被害者に対する偽造行使、詐欺を前提とする事実によるべきところ、本件においてはかかる事実関係でないことは訴因に徴し明かである)以上のようにみてくると両訴因は事実関係において小切手が共に真正であるか、もしくは共に真正でないことを前提としないものであり、また領得の被害者という点を共通にしていないものであつて、かかる視点からみれば基本的に異なるものがあるというべきであるから、公訴事実の同一性を欠くものというべきである。そうすると前記訴因変更はこれを許すべからざるものであつて、これが許可決定は、その効力がないものといわなければならず、本件においては、前記業務上横領の訴因が依然として審理の対象になつているものといわなければならない。
三、そこで右業務上横領の訴因の成否を判断するに、株式会社エーワンベーカリー代表取締役楊伝枝が前記小切手一通を振出したこと、被告人が右小切手を同会社のため保管していたことを認めるべき証拠はなく、被告人の検察官に対する昭和四二年一〇月一四日付供述調書、司法警察員に対する、滝本繁蔵の同月六日付、吉井薫の同月一一日付各供述調書、佐々木保作成の同四四年七月一七日付鑑定書、押収してある小切手一枚(昭和四三年八二一号の6)によれば、前記小切手は被告人が偽造したもので、同会社のため保管していたものでないことが認められる。
よつて右訴因については犯罪の証明がないので、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。(奥輝雄)